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我が友人へ捧ぐ

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基本的に当欄は、カイトの様子をご案内したり、学習法や参考書の案内をしていく予定だったのですが、今日だけはこのような記事を書くことをお許しいただければと思います。

3月19日の夜、私がとても信頼している大学時代の後輩であり友人から久しぶりにLINEがきました。LINEを確認すると、その子の同期で、私も大変大好きだった後輩の訃報が飛び込んできました。

そのメッセージを受けた時の率直な感想は「意味がわからない」というものでした。学習塾で国語の指導を行っていますし、書籍を執筆したこともあるので、日本語は理解できるのですが、そこに書かれている事実を受け入れ、受け止めることを全力で拒否している自分がそこにはいました。

あれから1週間。今日25日にお通夜に、明日26日に告別式に参列してまいります(事前にお伝えをしておりますが、26日は出講している塾の春期講習の1日目なのですが、時間を変更することとなり、受講生の皆さんと保護者の方は誠に申し訳ありません。)。ただ、1週間経って、彼との思い出を何度も何度も振り返るわけですが、正直今の今になっても実感が湧いていないというのが率直なところです。

私は学部生の頃、学園祭の実行委員会(以後「学祭」といいます)に所属していました。大学2年生になり、学祭の1個下で入会してくれたのが彼でした。学祭は「〇〇局」という6つの局に分かれていて、その6局のうち、僕は「総務局」、彼は「広報局」に属していました。しかし、ほどなくして、彼は総務局の後輩たちと仲が良いことに気づき、また、私ともとても気が合うことがわかり、以後、自分にとっては弟のような存在でもあり、趣味や感性の合う大切な友人にもなりました。学祭の中で私は「すけさん」と呼ばれていたのですが、彼はいつも「すけさんすけさん」って言って、本当についこの前までも慕ってくれていました。

とりわけ、彼とは、歴史や大河ドラマの話、御朱印の話、Twitterに漫画家さんがアップロードしてくださっている漫画の話、ラジオや音楽の話など、好きなものが被ることが多かったので、自然発生的に会うとどちらからともなくそれらの話題で盛り上がっていました。また、「こういうツイートをすると彼がいいねを押すだろうな」とか「リプが来そうだな」というのを思い浮かべながらTwitterでやりとりをするなど、直接会わない期間にも、どこか心で繋がっているような感覚を与えてくれる存在でした。「芸は身を助ける」「類は友を呼ぶ」という言葉がありますが、自分の好きな歴史や趣味が自分にとってかけがえのない友人を引き寄せ、また、その知識がその人との楽しいひとときを作ってくれました。

同期、先輩、後輩すべての周りの人からも愛されていた彼は、まさに学祭になくてはならない重要な男でした。いわゆる「陽キャ」のグループにも、そんなに目立つタイプでないグループの子にも一人一人に向き合い、目線を合わせて親身に接してくれる彼ほど愛されていたメンバーはいなかったのではないかと思います。みんなからの信頼は厚かったと思います。

彼は学部を卒業して九州で何年か働いたのち、転職し、首都圏に戻ってきました。それから、彼が病気になって入院をしたとの連絡が入りました。治療が進み、また、手術をしてくれるお医者さんが見つかったとのことで、彼の健康面では安堵をしていたところでした。しかし、職場に復帰できなかったら辛いだろうなと邪推した自分は、彼の誰からも愛される人柄、後輩への面倒見の良さと日本史への造詣の深さを生かして社会復帰ができるような体制を作ってあげたいなという気持ちも芽生えるようになりました。自分のキャリアの中で、塾を作りたいという気持ちがあったわけですが、2021年度のスタートにこだわったのは、彼のいざという時の受け皿を作ってあげたい、という気持ちがあったからです。結局は無事に職場に復帰できていたようでそれは杞憂に終わったわけではありますが。

そして、ちょくちょく連絡を取って関わりを続けており、4月にカイトが開業したら、是非見にきてね、と伝えていた矢先の訃報でした。彼にカイトを見て欲しかった。カイトに来てくれる生徒さんの成績が上がったり、志望する学校に進学したりする成果を一緒に喜んで欲しかった。話し足りないくらい積もりに積もっていた話を酒でも酌み交わしながら、また一緒に語り合いたかった。

もし若い方の中でこの記事を読んでいただいている方がいるとしたら、後悔しても遅いので、自分が生きている今を大切にして欲しいということは伝えておきたいと思います。やりたいことを妥協なく、全力でやり切って欲しいと思います。また、自分の好きなことや習得してきた教養が、自分の人生を彩ってくれる交友関係を生み出すこともあるのは知っておいてもいいかもしれません。出講先の生徒さんに言ったことがあるかもしれないのですが、「勉強することは自分の人生の解像度を上げることだ」という言葉はこれの一例であると考えます。

療養中、人知れず苦しんだことも多かったのではないかと思います。今まで元気だったのに、病魔に襲われ、このような形で人生が終わることとなり、その無念はいかばかりであったかと思います。その分も、というのは極めておこがましいのは百も承知ではありますが、4月からカイトをはじめて、一人でも多くの生徒さんのお手伝いをして、夢を叶えるアシストをしていこうと決意を新たにしました。もし来世というものが存在するのであれば、絶対に来世でも会って、知り合って、仲良くなりたいのが彼です。「ああ、すけさんがんばりましたね」ってあの世に行った時に褒めてもらえるように、是非見ていて欲しいです。

出会ってくれてありがとう。仲良くしてくれて、自分の人生に彩りを与えてくれてありがとう。今日と明日、お見送りをさせてください。